2014年7月9日水曜日

国税局の思ひ出  最終回



これまでのお話

その1

その2

その3

その4



「裁判で証言してもらう事になるかもしれない。」



FBIの捜査官はそう言ったが

相手はマフィアである。

FBIの証人保護プログラムのお世話になるのはイヤです。」

私はすぐにそう答えた。



FBIの捜査官も国税局の捜査官も

証人保護プログラムのめんどくささはよくわかっている。

しかも、私はアメリカ人ではない。

私はアメリカにも日本にも家族がいて

行き来する生活を送っている。

何かのテレビ番組のように

「名前を変えて一生、アメリカのどこかで、隠れたまま過ごす。」

なんてことが簡単にできるわけではないのだ。



結論から言うと

私は裁判には出なかった。



その後程なくして

「LP氏が、脱税で逮捕され

 追徴金を数億円払った」

という記事がニューヨークタイムズ紙に載ったのを読んだ。



その記事によると

私がアパートを出た直後に

その建物で一酸化炭素事件というものがあったのだそうだ。



メンテナンスの怠慢により、一酸化炭素が漏れ

アパートの建物全体に充満し

救急車で運ばれた人が出て

住民全員が避難したという事件である。



この事件で、LP氏は

ローカルの雑誌で

ニューヨークの悪人大家トップ10に選ばれたそうだが

結局、いつものように法律をうまくかわして

大したお咎めなしで終わっていたらしい。



ただ思うに、この事件で

実際の住民の名前などが明るみに出たため

脱税による逮捕の捜査の糸口が見えたのかもしれない。



死者は出なかったとはいえ

一酸化炭素事件の犠牲者の中には

私が当時仲良くしていた人々も含まれていた。



もともとキューバ難民が多かったその地域は

人懐こい人々がたくさん住んでいて

学校の行き帰りに、よく立ち話をしたり

キューバの料理を教えてもらったり

イヌの散歩に一緒に行ったり。



引っ越してからは疎遠になってしまっていたけれど

そんな彼等が、危うく死ぬところだった、

そして、私がもう少し長くそこに住んでいたら

私も、危うく死ぬところだったと思うと

本当にぞっとした。



大家がその後、どうなったのかは知らない。



私が住んでいた当時は

庶民ばかりの住む下町だったけれど

その後、その通りは不動産の高騰ですっかり高級住宅地になり

その建物は、綺麗に改装されて

高級マンションとして売りに出された。




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この事件のことは、しばらくはあまり人には話さなかったのだが

友人Mちゃんにだけは

国税局の捜査官と会ったら、オットの顔を知っていた話をしていた。

Mちゃんは、

絶対にD氏がちょくちょく盗聴をしているに違いないと言い、

私に電話をかけてくるたびに

「Dさーん、お元気ですかー、今日も聞いてますかー?」

と、言うようになった。














2014年7月2日水曜日

国税局の思ひ出 その4




これまでのお話

その1

その2

その3





私が学生時代に住んでいたそのアパートは

たぶん1920年代に建てられた建物で

天井が高くて暖炉があり、

日当りも風通しもよい、居心地のよいアパートだった。



アパートの居心地は良かったけれど、

建物の手入れの状態はあまりよくなく

しょっちゅう、色々な問題が起こり

大家とのトラブルは日常茶飯事だった。



私は、不動産屋をやっている友人がいたので

色々と入れ知恵してもらっていたこともあり

問題がある度に、かなり強気に大家と交渉し

決して、泣き寝入りはしなかった。



大家は、別の場所に住んでいて

家賃は小切手を郵送していたし

日常的に会うのは管理人さんであったので

大家さんそのものに普段会う機会というのは全くなかったのだが

その強気の交渉の時に、私は大家のオフィスを訪ね

顔を見ていた。



私が保管していた、アパート関係の書類には

そんな交渉の記録もすべて入っていた。



FBIのF氏は、私の持っていった書類に目を通し

私に、1枚の写真を見せた。

その写真には、私が見たことのある大家の顔が写っていた。



これが、LP氏。

キューバのマフィアだ。

F氏は言った。



知らぬが仏とはよく言ったもので

私は、マフィアとは知らずに

果敢にも、大家にガンガンに文句を言っていたのだった。



ご多分にもれず、LP氏は

法の網目をかいくぐるのがうまいらしく

どうしても、大きな犯罪の尻尾をつかめない。

そこで、マフィア逮捕の常套手段である

脱税容疑で逮捕しようしているのであった。



私に白羽の矢が当たったのは

私が、運転免許やら、学生証等を

そこの住所で作っており、

その記録があるにも関わらず

監査時に押収したアパートの賃貸リストには

私の名前が見当たらなかったかららしい。



ニューヨークには、

端的に言えば、

「かなり昔から住んでいる人々の家賃を勝手に上げてはいけない」

という特別な法律がある。

この法律のために

新しい住民が30万円の家賃を払っている隣の部屋で

昔からの住民は8万円の家賃を払っているというような

そういう現象がおこる。



その大家は、昔から住んでいた人々が

そのまま住み続けているように見せかけて

新しい住民から取った家賃の差額を

自分のポケットに納めていたらしい。



その、脱税対象になった住民は何人もいたのだが

大家に実際に会ったことのある人物、

そして、その記録を全部残していた人物は

私以外にはいなかった。



「裁判で証言してもらう事になるかもしれない。」



と、FBIの捜査官は言った。



マフィアの裁判なんかで証言したら

逆恨みに何をされるかわかったもんじゃない。

そんなのは、まっぴらごめんである。




つづく


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ただいま、庭のラズベリー、食べ放題中。


2014年7月1日火曜日

国税局の思ひ出 その3





これまでのお話

その1

その2




D氏は、私が契約書やら支払済小切手やらを

保管しているかどうかを聞いた。

そのアパートに住んでいたのはずいぶん前のことだったけれど

そのアパートに関する書類は

全部、同じフォルダーに突っ込んだまま

ファイルキャビネットに入れてあるはずだった。



私がうなずくと、

FBIの捜査官も交えて話を聞きたいので

次の週に連邦ビルの中にある

国税局に出頭して欲しい。

と言った。



国税局の事務所で会うということは

つまり、D氏は本物の

国税局の捜査官だということである。



それにしても

FBIとは大げさなこってある。



次の週、約束の時間の20分前に

連邦ビルに出頭した。



1階で、セキュリティーチェックを受け

指定された階まであがり

エレベーターが開くと

ずいぶん早く着いてしまったというのに

D氏が、目の前に立っていた。



セキュリティチェックを受けた時に

行く部署を申告したわけではないので

D氏は、セキュリティカメラかなにかで

私が来るのを見張っていたに違いない。



スターバックスには何人もの人物が出入りしていたのに

オットの顔が一発でわかったのも

私の顔を知っていたのも

全部、何らかの方法で調べていたに違いない。



自分の犯した犯罪ではないとしても

自分の一挙手一投足が見張られているというのは

何とも気味の悪いことだった。



D氏は、FBIの捜査官だというF氏を紹介し

小さな取調室のようなところに私を連れて行った。

F氏もこれまた絵に描いたようなFBIの捜査官だった。



取調室は、机と椅子がおいてあるだけだった。

人物といい、取調室といい

なんだか、本当にテレビで見るものにそっくりだったので、私は

「人の格好も、場所も、テレビか映画みたいですねー。」

と、ものすごく余計な事をブツブツいいながら、

中に入って、勧められた椅子に座った。



もちろん私は、少しは緊張はしていたけれど

相手が、本物の国税局の人であることや

自分に関する捜査ではないことで安心して

いつもの自分に戻っていたのである。



私は思い切りニコニコしながら

「エレベーターの前で待っていらっしゃったりするし

 オットが来る事も知っていらっしゃったし

 私の電話、盗聴してました?」

と、かなーり余計な事を聞いてみた。



D氏は、にこやかに笑って

「義務を果たしているだけですよ。」

と、言い、それ以上のことは言わなかった。



D氏は、取調室の近所にいた女性に

コーヒーを持って来てくれないかと頼んだが

その女性はとても忙しかったのでツレなくされ

しょうがないので、自分でいそいそとコーヒーを入れて

「僕は、ここでは権力ないんだよねー。」なんて言いながら

私と、FBIのF氏に持って来た。

そんな様子も、どっかのテレビ番組の

しょぼくれた刑事さんのようだった。



D氏は、コーヒーをおきながら

その前の日に話題になっていたニュースについて話し始め、

私と、F氏と、D氏は、しばらく雑談をしてから

やっと本題に入った。



「あのアパートの大家を逮捕する予定なんだけれどね。」



つづく



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今年のアジサイの図。