これまでのお話
その1
その2
その3
その4
「裁判で証言してもらう事になるかもしれない。」
FBIの捜査官はそう言ったが
相手はマフィアである。
「FBIの証人保護プログラムのお世話になるのはイヤです。」
私はすぐにそう答えた。
FBIの捜査官も国税局の捜査官も
証人保護プログラムのめんどくささはよくわかっている。
しかも、私はアメリカ人ではない。
私はアメリカにも日本にも家族がいて
行き来する生活を送っている。
何かのテレビ番組のように
「名前を変えて一生、アメリカのどこかで、隠れたまま過ごす。」
なんてことが簡単にできるわけではないのだ。
結論から言うと
私は裁判には出なかった。
その後程なくして
「LP氏が、脱税で逮捕され
追徴金を数億円払った」
という記事がニューヨークタイムズ紙に載ったのを読んだ。
その記事によると
私がアパートを出た直後に
その建物で一酸化炭素事件というものがあったのだそうだ。
メンテナンスの怠慢により、一酸化炭素が漏れ
アパートの建物全体に充満し
救急車で運ばれた人が出て
住民全員が避難したという事件である。
この事件で、LP氏は
ローカルの雑誌で
ニューヨークの悪人大家トップ10に選ばれたそうだが
結局、いつものように法律をうまくかわして
大したお咎めなしで終わっていたらしい。
ただ思うに、この事件で
実際の住民の名前などが明るみに出たため
脱税による逮捕の捜査の糸口が見えたのかもしれない。
死者は出なかったとはいえ
一酸化炭素事件の犠牲者の中には
私が当時仲良くしていた人々も含まれていた。
もともとキューバ難民が多かったその地域は
人懐こい人々がたくさん住んでいて
学校の行き帰りに、よく立ち話をしたり
キューバの料理を教えてもらったり
イヌの散歩に一緒に行ったり。
引っ越してからは疎遠になってしまっていたけれど
そんな彼等が、危うく死ぬところだった、
そして、私がもう少し長くそこに住んでいたら
私も、危うく死ぬところだったと思うと
本当にぞっとした。
大家がその後、どうなったのかは知らない。
私が住んでいた当時は
庶民ばかりの住む下町だったけれど
その後、その通りは不動産の高騰ですっかり高級住宅地になり
その建物は、綺麗に改装されて
高級マンションとして売りに出された。
この事件のことは、しばらくはあまり人には話さなかったのだが
友人Mちゃんにだけは
国税局の捜査官と会ったら、オットの顔を知っていた話をしていた。
Mちゃんは、
絶対にD氏がちょくちょく盗聴をしているに違いないと言い、
私に電話をかけてくるたびに
「Dさーん、お元気ですかー、今日も聞いてますかー?」
と、言うようになった。