ラベル 奇妙な出来事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 奇妙な出来事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年9月10日木曜日

保育器と見世物小屋。





数年前。

コニーアイランドにある遊園地が

閉園の危機に陥ったときに

それについての日記を書いた。




image



その後、コニーアイランドの遊園地は

閉園の危機を逃れ、

管理する会社が変わり

名前がアストロランドから

ルナパークに変わったものの

1927年にできた、

今年米寿を迎えた、木製ジェットコースターも

取り壊しの危機を逃れることができた。



image

木製のレールの図


*********



先日、何気なくラジオを聴いていたら

そんなコニーアイランドの話をしていた。

コニーアイランドと保育器という

およそかけ離れた話題の話である。



未熟児を育てる保育器は

19世紀の終わりごろ、ヨーロッパで考案されたのだそうだ。

アメリカに入ってきたころは

保育器は、一般的に

有効な医療機器とは考えられていなかった。



アメリカで保育器を使い出したのは

マーティン・クーニー(Martin Couney)

という医師だといわれている。

彼は、いわゆる普通の医師ではなかった。



なんと

彼は、コニーアイランドの見世物小屋に保育器を並べ

未熟児を入れて育て、

それを見世物にしていたのである。



私が聴いたラジオ番組は、その保育器で育ったという

今年95歳になる、ルシル・ホーンという

女性のインタビューだった。



彼女は元々双子の一人として産まれたのだそうだ。

双子のもう一人は、産まれてしまったときには

すでに亡くなっていたのだけれど

彼女はまだ生きていた。



病院の医師は、この子が生き延びる可能性はない。

元々この世には縁のない運命であるし

双子なのだから2人一緒にお墓に入れるべきだと

両親に話したそうだ。



けれども、ルシルはまだ生きていた。



彼女の父親は諦めきれず、

ルシルをタオルに巻いて

タクシーに乗せてコニーアイランドに連れて行った。

ハネムーンでコニーアイランドに行った時に

保育器の見世物小屋を見たのを思い出したのだという。



ルシルは、そこで6ヶ月過ごして

無事に育つことができた。



ラジオでは、ルシルが少し大きくなった時に、

コニーアイランドを訪れた時の話をしていた。

彼女が見世物小屋に入った時に

たまたま、クーニー医師がいたので、

自分がここで育ったことを話すと

クーニー医師は、

保育器の前にたたずむ一人の男性の肩をたたき

「あなたの赤ちゃんも、この女性のように育ちますよ」

と言ったそうだ。



見世物小屋という、今にしてみると

あまりいただけない状況ではある。



けれども、とある資料によると

クーニー医師は40年間の間に

8000人の赤ちゃんを受け入れ

そのうち6500人が元気に育ち

親元に帰っていった。



経費は見世物小屋の収入で賄い

親からは一切お金は取らなかったそうだ。

見世物小屋は人気だったけれど

クーニー医師は一文無しで亡くなったそうだ。



ルシルは、見世物小屋を後にする時

クーニー医師が、ハグをしてくれたことを話していた。



クーニー医師は1950年になくなったけれど

ルシルが95歳で今でも元気なことを知ったら

とても誇らしくに思ったに違いない。



ルシルさんやクーニー医師、保育器の写真はこちら(←クリック)






2015年9月2日水曜日

半分のお家。




先月、所用があって

ニューヨーク市内の

とある街に行った時に

とあるチューダー様式の建物を見かけた。



IMAG2692.jpg




一緒にいたニューヨークっ子のAさんは

この地域の歴史に詳しく

「この建物、100年前の

 1914年に建てられたものだけれど

 建物の左側は、ちょん切られちゃったのよ。」

と言う。



IMAG2690.jpg




そう言われれば、確かになんとなく、

収まりが悪いような気もしないでもない。



その昔、このチューダー様式の建物は

上の写真の右端部分だけではなく

現在、左側の銀行(Chase)の建物が建っている場所も含む

もっと大きな建物だったらしい。

(昔の写真 その1 その2 その3 ←クリック)




何を考えて左だけ潰して

他の建物を建ててしまったのか

どうやって、半分に切ったのかとか

色々と疑問は残るけれど…



誰かがギシギシと建物を半分に切った後も

とにかく、右半分は残り…



1階には、ホームステッドという名前の

パン&お惣菜屋さんも残っていて

(このお店は68歳だそう。)

昔っぽいスタイルのストルゥーデルを売っていた。



2015年8月23日日曜日

元祖ピンクレモネードの作り方






先週。

友人の、そのまた知り合いの

とある歴史家の方の話を聞く機会があった。



とても蒸し暑い日で

その方のオフィスを訪ねたら

爽やかなピンクレモネードで

もてなしてくださった。



ピンクレモネードは

普通のレモネードに

クランベリーやら、ラズベリーやら

ストロベリー、グレープ等の

赤いベリーや、そのジュースを混ぜて作る。



我が家では最近は

庭のサンシュユで作ったフルーツソースを混ぜて

サンシュユ・レモネードならぬ

(Cornelian cherry lemonade)

ピンクレモネードを作っている。



市販のピンクレモネードでは

ただ、色がつけてあるものもよく見かけるけれど

本来のピンクレモネードというものは

レモネードに赤いフルーツを混ぜて作るものだ。



と、私は、ずっと思っていた。



んが。



どうやら、

昔からお祭りの屋台等で売っていた

ピンクレモネードは

どうも、ただ色だけピンクで

他のフルーツは混ぜてないものが多かったようである。



エアコンの効いた部屋で

ピンクレモネードを飲んで落ち着き

その歴史家の方から

いろいろと面白い話を伺ったのだが…



その話の中で

ピート・コンクリン(Pete Conklin)

という人物の話が出てきた。

彼は、19世紀の半ば、

(まだ日本が江戸時代だった頃に)

アメリカのサーカスで働いていた人物で

一説によると、

ピンクレモネードを発明した人物と言われている。



その説は、こうである。



ある日、サーカスがもう始まろうとしているのに

レモネードを作るための水が

なかったことがあったのだそうだ。



昔の移動サーカスなので、

その辺に水道はなかったんである。



水がない、どうしよう!と思ってうろうろしていたら

馬乗り曲芸をする女性が

赤いタイツを洗った後の水が

まだタライに残っているのを発見。



そのタライの赤い水を使ってレモネードを作って

「おいしいイチゴレモネード」

と称して売ったら…



爆発的に売れたらしい…。



…。



歴史家の方は、話を終えた後…



IMAG2689.jpg



テーブルの上にまだ少し残っていた

ピンクレモネードのピッチャーをみつめて

にっこりと微笑んだ。





◆ ピート・コンクリン流
  元祖ピンクレモネードの作り方


材料:
 レモン
 砂糖(好みで蜂蜜も可)
 赤いタイツまたは靴下
 水

作り方:
 1.赤いタイツをお湯で洗う
 2.タイツを取り除いた湯に砂糖を溶かしておく
 3.砂糖を溶かした湯を冷蔵庫でよく冷やしておく
 4.レモンを絞る
 5.レモン汁と赤い水を混ぜる



◆ たびさ流ピンクレモネードの作り方

材料:
 レモン汁
 サンシュユのフルーツソース
 (作り方はここ←参照)
 炭酸水

作り方:
 全部混ぜる




2015年8月6日木曜日

出前。






昨日、夕飯のお買い物をしていたら

150キロくらい離れたところにいる

クライアントから

携帯にメッセージが届いて



「サーモンの巻き寿司と

 味噌汁もお願い。」

と書いてあった。



寿司の出前の仕事はやっていないけれど

クライアントに頼まれたら

断れないタチである。



ちょうどそのお店に売っていた

寿司の写真を撮って…


IMAG2612.jpg



「毎度たびさ寿司です。

 サーモンは売り切れのようですが

 マグロとアボカドの巻き寿司でもいいですか?」



と、いう返事を送っておいた。



**********



Eメールと電話だけの時代には

間違えて電話しちゃったとか

間違えてメールしちゃったという事件はあったけれど

前置きなしに

「サーモンの巻き寿司1人前!」

と言われるなんていう、唐突な間違いは少なかった。



スマホになってから

小さな画面や

自動スペル修正機能のせいで

とんでもなく笑える間違いが起こる確率が

恐ろしく増えたと思う。



例えば

「遅れまーす」 というメッセージへの返事に

「本屋で時間つぶしてる(killing time)から大丈夫。」

と書くつもりが

「本屋でトムを殺してる(killing Tom)から大丈夫。」

になっていたり。



メラニーへ と書いたつもりが

メラミンへ、 とか メルトダウンへ、

になっていたり。



「ハニー、今から帰るよ!」

ただの知り合いから言われたり。



*************



ちなみに、件のクライアントからは

「ははははーーーー

 ごめんなさーーーい。

 娘と間違えました。」

という返事がきた。

彼女には

私の名前と一文字違いのお嬢さんがいるらしい。











2015年7月12日日曜日

破壊的な日々。





ここ最近、ベッドルームで使っている

縦型扇風機のリモコンがご機嫌ななめである。

一旦ベッドに入ってしまったら

わざわざ立ってボタンを押しに行くのが面倒なので

ぜひ、リモコンさんには働いて欲しいのだが

完全に動かなくなったわけではなく

電池を換えようが、掃除をしようが

3日に1日くらい、

ウンともスンとも言わない日がある。



*****************



数日前。

机の端の方で

ぼふ。

という音がしたような気がして

見てみると…



IMAG2458.jpg



2年前に買ったばかりの

ちびちゃいカメラが、

自己分解していた。

どうやら、充電池(袋状のもの)が膨らんで

後ろの部分がはずれたらしい。



*****************



今朝、iPodを、うっかりコンクリートの上に落とし…



IMAG2460.jpg



画面に恐ろしいヒビが入ってしまった。

かなり頑丈な保護フィルムが貼ってあるので

このまま使っていても

たぶん、ガラスが取れてくるということはないし

修理屋さんに行けば直してくれるとは思うが

やれやれである。



*****************



そういえば、先日海辺の町へ行った時に

突然、車のナビが大嘘をつくようになり

まだ、家を出たばかりだというのに

「目的地に着きました。」などと

のたまったり、

リセットしても、とんちんかんなことを言うので

結局、携帯のナビを使ったという事件があった。



*****************



さっき、近所に牛乳を買いに行ったら

ジプシー系の占い師の人が

店の呼び込みをやっていたのだが

その前を通ったら

「破壊的なオーラが出ていますよ!!」

と、言われた。



うーむ。




2015年7月10日金曜日

証券取引所の強敵。





昨日(7月9日)、

ニューヨーク証券取引所が

システムの不具合で4時間程

取引停止状態に陥ってしまった。



IMAG2374.jpg




昨日の不具合は、

ソフトの更新エラーによって起こったようである。



それとは関係なく

ニューヨークタイムズ紙によると

NASDAQ も含めて、

これまで株の取引に支障が出たのは

今回を除き、過去に8回あったらしい。



そして…



その過去8回のうちの2回の原因が…




IMAG2106.jpg



リスだったらしい。



リスは、前歯が永遠に伸び続けるので

食べ物以外にも、色々ガジガジして

歯を研ぐ?必要があるけれど

電線というのは、

ガジガジの対象として

非常に魅力があるらしい。



そういえば、

学生時代に住んでいた

マンハッタンのアパートで

電話がうまくつながらなくなって

電話屋さんを呼んだら

リスが電話線かじったんだよ。

とのことだった。



スタッテン・アイランドに住んでいた時

近所の人の電話と混線するようになり

電話屋さんを呼んだら

リスにかじられた跡がある

という説明をされた。



日本でも、ネズミが原因の停電等は

よく起こることであるが…



リス…

かわいいふりして…

ワリとやるもんである。










2015年7月5日日曜日

本日の怖い出来事。

恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや恐ろしや

置き去りにされたチャッキー

見かけてしまったことと…

IMAG2433.jpg

(この無邪気さの奥に何かが隠れているにちがいない。)



ひさびさに…



青い目のかいじうが復活していたこと。

IMAG2434.jpg



特に、右下のかいじゅうが

(思い出せないけれど)

何かに似ていて夢に出そうです。

どうにかしてください。





2015年6月26日金曜日

うらしまな私の、目からウロコ事件。






私は、日本の芸能界について疎い。



2日くらい前に

ネットで日本のニュースを読んでいたら

『「わらにまみれてヨー」の横井弘さん死去』

という記事があった。



そこで、あ、この歌知っている。

と、思って、歌い出したのだが

「わァ〜らァにまみれてヨ〜♪ 育てた…」

の後が出てこない。



なんとなく「ドナドナ」っぽい歌だった

という記憶があったので

「育てた、う〜しぃが〜。」

と、歌ってみたが、その後もまったく出てこない。



しょうがないから、YouTube を見てみたら

育てた「牛」じゃなくて「栗毛」だった。



そこで、勝手に茶色い牛を想像して

肉として売られるのに

風邪引くな、とか

達者でなっていう歌詞も

なんだか変だなぁ。などと

勝手なことを考えながら

動画に合わせて歌っていたのだが…



最後まで歌ったら、歌詞が

「かわいーたてがみ、なでて、なでてやろ。」

だった。

ずっと牛だと思っていたが

実は馬だったのだ。



相変わらずの自分の勘違い度に、

ニヤニヤしてしまう私である。



ところで、この歌の歌詞を作った

横井弘さんという方については

まったく知らなかったのだが、

私がニュースでみた横井さんは

ものすごくハンサムだった。






ジョージ・クルーニーそっくり。

Screenshot_2015-06-24-22-05-37.png









2015年6月1日月曜日

ミステリー。





我が家の庭にはイチゴが生えている。

私が植えたものと

堆肥から勝手に生えてきたものと

2種類生えている。



昨年までは、

イチゴの植木鉢は3つあったけれど

冬の寒さで1鉢完全に枯れてしまい

今年芽が出たのは2つだけだった。



いつもだったらもう少し早く花が咲くけれど

今年は最近になってやっと花が咲き始めた。


IMAG2212.jpg




んが。



一つの鉢の方は普通なのだが

もう一つの鉢がなんだかおかしい。

イチゴの葉っぱの形が

なんだかこう、

だんだん長細くなっていくのである。



そして、昨日。

花が咲いているのを見かけたら…



image


なぜか黄色かった。



私が植えたイチゴも

堆肥から勝手に生えてきたイチゴも

花の色は白である。



雑草だったのかと思い

なんの植物か、検索してみたら…



この黄色い花は

イチゴはイチゴでも、

ヤブヘビイチゴの花だった。



昨年は、確かにこの鉢に

白い花のイチゴが植わっていたのだ。

甘いイチゴを、その植木鉢から採って食べたのだ。



ヤブヘビイチゴなんて植えた記憶はない。



ヤブヘビイチゴは、セントラルパークにも生えているし

鳥が食べて、種を運んできたとしてもおかしくないけれど



よりによって、

私のイチゴの植木鉢に種を落としていく

というのは、出来すぎた話である。



誰の陰謀だろうか。














2015年5月23日土曜日

セネガルのヒマな人。





昨日、パーティで

セネガル人だという男性と話をした。



アフリカ出身者にはよくあることだが

彼も、英語、フランス語、スペイン語と

セネガルの現地語3つと、アラビア語

全部で7ヶ国語くらいを話すそうで

日本語も忘れちゃったけれど

ちょっとだけかじったことがあるらしく

ドーモ、ドーモ、を繰り返していた。



日本語で自分の名前を書けるんだ

と言って

紙とペンを取り出したのだが

実際に書こうとしたら

ちょっと思い出せなかったらしい。

文字を2つだけ書いて固まっている。



やっぱり忘れたけど

これだけは書けるよ

と見せてくれた紙には

ひらがな2文字が書かれていた。



IMAG2158.jpg



ちなみに、彼の名前は『イブラヒマ』である。








2015年4月9日木曜日

はじめは黄色。





三寒四温な春であるが

庭の黄色組の方々が

やっと目を覚ましはじめた。



黄色組第1番、サンシュユさん。

image





黄色組第2番、レンギョウさん

image




まだまだ寒い日もあって

ダウンコートや手袋を手放せないのだが…



手袋といえば…

以前、厳寒の川遊びに行った時に

手袋を川に落としてしまった話をした。



私は一昨年前から、

無印のミトンを愛用していて

スマホやカメラの操作をするときに

非常に使いやすいので

1組余分に買ってあった。



片方落としてしまった後は

買い置きしてあったミトンを使っていたのだが

貧乏性なので、

残りの片方のミトンは捨てないでおいた。



そんな中、非常に寒い日に

インコ見物なぞ行ったのだが…



寒いので、手袋をはめようと

バッグの中から取り出したら…



image



2つとも右手用だった。





2015年3月31日火曜日

クレジットカード番号どろぼう。





日曜の夜のことである。



バナナの花を食べていたら

携帯メールが入った。

食事中なので無視をしていたら

何度も、何度も、メールが入っている模様。

(マナーモードにしていたものの)

あまりにもうるさいので

ちょっと携帯を覗いてみた。



すると…



Screenshot_2015-03-29-20-01-34.png



クレジットカード会社からのメールで

「3月29日に、タクシーかリムジンを

 ◯ドル分使ったか?」

という内容だった。

つまり、クレジットカード詐欺に巻き込まれていないか

確認するメールである。



このタクシー確認の携帯メール以外に

他にもチョコレート屋だの

ネイルサロンだのと何通もの

確認のメールが来ていた。



これらのメールが本物かどうかの保証はないので

そのメールに返信することはせずに

食事が終わった後に

カードの裏面に書いてある電話番号に電話をしてみたら

どうやらメールは本物だったらしく

私のカードの番号が

不正に使われているとのことで

カードは直ちに利用停止になった。



以前にも番号が盗まれたことがあったが

オンラインでの購入であったり

セルフのガソリンスタンドであったり

イカにも悪そーな人物が

裏でコソコソ使った感があった。



しかーし。



今回のぬすっとは、堂々たるもので

高級チョコレート屋で

チョコレートを大人買いし

高級ネールサロンでフルサービスを受けて

化粧品なんかも大人買いしちゃって

恐ろしく高い靴なんかも買っちゃって

その後リムジンサービスなんぞ使って

るんるんと、はしゃいでる感が

伝わって来るんである。



眼瞼炎のためすっぴんで、

どっかの中華料理屋で

ばななの花を食べて喜んでいる私より

ずっとゼータクではないか。

人のお金を使って喜んでいる様子がありありと浮かび

ひじょーに、ムッとした。


















2015年3月26日木曜日

ブードゥー人形の呪い。 その5(最終回)



これまでのお話








目が覚めると、汗びっしょりであった。

窓が水滴で曇っている。

部屋の中はサウナ状態だった。

ベッドから降りようとして悲鳴がでた。

カーペットが、熱い湯で濡れているのだ。



ちぃちぃというジャングルの鳥の鳴き声は

パイプから漏れてくる音で

窓際に置かれている机の下から

お湯が部屋中に広がっていた。



私の悲鳴を聞いた隣人達が何事かと集まってくる。

私の部屋を覗いたEは、血相を変えて

ドアの前から消え、

まもなくキッチンから悲鳴が聞こえてきた。



流し台の下に、湯が漏れていたらしい。



下剤入りのケーキに、食べるなのメモをつけたのも

人形を持って帰れのメモを書いたのも私だった。

かわいいメモ用紙なんて持っているのは

日本人の私くらいしかいない。

私が仕返しに参加していることは明白だった。

「だから、たびさがターゲットになってるのよ。」

と、縁起でもないことをEは言う。



私は、呪いの人形なんて信じていない。

アタマが混乱してきた。



程なく、ビルのメンテナンスのお兄さん方が到着した。

どうやら、パイプの継ぎ目からお湯が噴き出したのが原因だった。



その日。



大学の学生課に行った時に

担当のS氏に、部屋のスチームの話をしていて

私は、ハッとした。S氏はハイチの出身である。

ハイチは、アフリカの信仰が伝わっている国だ。

何か呪いの人形について知ってるかも知れない。




「変なことを聞くけれど
 
 呪いの解き方を知っている?」

と言って、人形の話をした。



S氏は、だまって話を聞いていたが

その後ゆっくり言った。



「黒魔術はね、信じている人にしか効かないんだよ。」



私は

「全然信じてない、信じてないけど

変なことが起こるのだ」と言いはった。




「でも、君は人形を怖がっていたね。」

S氏はそう言った。そしてしばらく考えこんでいたが…



僕には、正しい呪いの封じ込め方はわからない。

 でも、ハイチでは、清めには塩を使ってると思う。

 その黒魔術が西アフリカのものだったら
 
 もしかしたら、清めに塩を使うかもしれない。」

というアドバイスをくれた。



その夜、私たちは、箱を用意し

人形を入れて

何処かから大量仕入れてきた塩を

箱いっぱいに入れた。

その後、箱をガムテープでぐるぐる巻にして

キッチンのキャビネットの上の棚の奥にしまった。



スチームはその日のうちになおったし

床の水も、業務用掃除機で殆ど吸い取ってしまっていたが

カーペットが完全に乾くまでの数日間

私は、またまた友人のアパートで過ごし

その後、寮に戻り

テスト週間が始まった。



スチームは、その後壊れることもなく

不吉な現象も起こらなかった。



冷蔵庫の中の食物は、相変わらずなくなり

イイカゲンうんざりしたEは、

残り物のメキシコ料理だのピザだのを持ってきては

私の部屋の冷蔵庫に、入れてくれと頼み…

入れたことをすっかり忘れる日が続いた。



私は、しょっちゅう、半分腐りかけた食物を持って

Eの部屋のドアを叩いては、

「捨てるよ!!」と叫んでいた。



その学期が終わった後、一連の事件に懲り懲りした私は

Aと一緒にアパートを借りて寮をでた。



引っ越しの日は記録的な大雪の日で

島中が真っ白に埋まり、

ふと、塩に埋めた人形を思い出した。



私の住んでいた寮は、1928年に建てられた古い建物だった。

古い建物のスチームが壊れるのはよくあることだ。

偶然といえば偶然であり、

ただ、運が悪かっただけだったのか

本当に人形の呪いだったのかは、

私にはよくわからない。



人形は、寮のキャビネットの中においたまま出てきたが

その後、どうなったかは知らない。






suiren




2015年3月25日水曜日

ブードゥー人形の呪い。 その4




これまでのお話

その1

その2

その3



「なくなってる!!」

と、Eが叫んだけれど

私とAとJの3人は

「どうせBが持ち帰ったんじゃないの?」

「夜中なんだから、大きな声あげないでよ。」

と、呑気に構えていた。



しかしEは、流し台の下やら

キャビネットの中やら引き出しやら

ありとあらゆる場所を開けて、

人形を探し始めた。



そして最後に冷凍庫を開けると…



うっすらと霜を被った人形が

中に入っていたのである。



なんだかわからないけれど

私たちは鳥肌が立ち

声を出すことができなかった。



Eは、流し台の下からバケツを出して

バケツの中につまっているガラクタを

床の上にぶちまけ

人形に触らないように

フライ返しで、人形をバケツの中に入れた。



とにかく、人形を目にするのは嫌だったけれど

捨てるどころか触るのも怖かったので

私たちは、黙ってEのしていることを見ていた。



Eは、人形の入ったバケツを流し台の一番奥に入れ

ガラクタをめちゃくちゃに放り込んで

扉を閉めた。



その次の日は、授業がなく寝不足でもあり

暖房の修理屋は来ないということで

私は、友人のアパートに寝にいった。



それから数日間は

そのままその友人のアパートに泊まって

上げ膳据え膳で楽しく暮らしていたのだが

暖房が直ったという知らせを受けて寮に戻った。

上げ膳据え膳でなくても、

プライバシーのある自分のベッドや

お気に入りのマクラは快適で

私は宿題も早々にさっさとベッドに入って寝てしまった。



次の日の明け方、私は夢を見た。



どこか熱帯のジャングルを歩いている夢である。

ジャングルは汗ばむほど湿気が高く

ちい、ちい、という鳥の鳴き声が聞こえ

かすかにせせらぎの音がしていた。



ふと目をさますと、びっしょりと汗をかいていた。




またもやつづく


P1010098

注:写真と日記は関係ありません。




2015年3月24日火曜日

ブードゥー人形の呪い。 その3





これまでのお話

その1

その2



その夜は、マイナス10℃以下の

寒い寒い夜となった。



普段であれば、外気温が寒ければ寒いほど

暖房が効いて、部屋の中は暑いくらいであるのに

真夜中に寒くて目がさめた。



パジャマの上に重ね着をしたり

靴下をはいたりしたが、

寒くて眠ることができない。



スチーム暖房のパイプを触ったら

すっかり冷え切っており

ガラス窓からどんどん寒さが押し寄せてきていた。



部屋の外に出ると、隣の部屋のJも出てきた。

Jの部屋は角部屋で窓が2方向にある。

私の部屋よりも寒いに違いなかった。

外に面していない廊下は、部屋ほど冷え切ってはいない。

暖かいお茶でも飲もうとキッチンに行くと

キッチンは暖房がついていて暖かだった。



どうやら、建物の東南の部分のスチームだけが壊れているらしい。



そのうち、EとAも部屋から出てきて

女子学生4人がキッチンに集まることになった。



セキュリティに電話してみたけれど

夜中なので暖房のことはどうにもならないという。



暖かいお茶を飲みながら

キッチンにおいてあるカウチで

4人、うだうだしていると

Eが突然言いだした。



「きっと、あの人形を冷蔵庫に入れたから

 寒くなったんだ。」



私は、呪いの人形なんて信じていなかったし

Jも、Aも同じだった。

でも、Eは、人形を冷蔵庫から出したら

暖房が直ると言い張り、

勢いよく冷蔵庫を開け

野菜室の引き出しを引いた。







しかし。






野菜室はからっぽだったのである。



つづく



2009_02_snowman

注:写真は日記と関係ありません。



2015年3月23日月曜日

ブードゥー人形の呪い。 その2




これまでのお話



それは、下剤入りチョコレートケーキをしかけた

2日後のことだった。



キッチンのテーブルの上に

忽然と恐ろしい人形が現れたのである。



その人形は、高さが25センチくらいで

木と藁のようなものできていて顔がなく、

飾りから推測して、アフリカのものと思われた。



容疑者のBは、お父さんが外交官をしていたそうで

アフリカ育ちで、アフリカの事情に詳しかった。

すぐに皆、Bの人形じゃないかと言い出したが

Bに聞くのもなんとなくためらわれた。



とにかく、おどろおどろしい人形で

皆のたまり場であったキッチンに

負のオーラを振りまき

あっという間に皆の足がキッチンから遠のいた。



「この人形をテーブルに置いた方へ

 ご自分の部屋にお持ち帰りください。」

というメモを貼ってみたが

数日経っても、人形はテーブルの上に

鎮座ましましていた。



キッチンで雑談をするのも、料理をするのも

どうにもこうにも気持ちが悪いということで

見えない場所にしまってしまおうということになったが

どうも、しまう場所がない。



そのうち誰かが

「あ、そうだ。冷蔵庫の野菜室はどうだろう?」

と言い出した。



大きさがぴったりだったのもあり

またまた皆でおもしろがって、大笑いしながら

その人形を、ビニール袋につつんでリボンまでつけて

野菜室に入れてしまった。



その夜のことである。



つづく。



IMAG1670.jpg

注:写真と日記は全く関係ありません。





2015年3月22日日曜日

ブードゥー人形の呪い。 その1





今は昔。

学生寮に住んでいた時のことである。



その寮は、男女共用の寮で、

同じフロアには、

男子学生が6人、女子学生が4人住んでおり

共用のキッチンをこの10人で使っていた。



事件は、このキッチンの冷蔵庫から始まった。



冷蔵庫に食べ物を入れておくと

誰かが食べてしまうという事件が多発したのである。

名前を書いておいても、食べられてしまうらしい。



私は、友人に入れ知恵されて

小さな冷蔵庫を借りて、自室に置いていたので

最初のうちは、完全に部外者だったのだが

そのうち、皆が毎日文句を言うようになり

騒ぎに巻き込まれることになった。



このフロアの学生で、それまで

盗まれたことの文句を言っていないのは

自室に冷蔵庫を置いている私とK。

それからBであった。



Bは、冷蔵庫を持っていないし

いつも、呑んだくれて真夜中に帰ってきて

皆が授業でいなくなる時間に起きてくるような生活だったので

盗人は、Bにちがいないということになったが

決定的な証拠なしに、追求することができない。



ある夜のこと。

Eが、もう我慢ができないと言い出し、

仕返しをしようと言い出した。



ちょうど、何かの催し物があり

Aが余り物のチョコレートケーキを持って帰ってきたので

そこに、チョコレート味の下剤をしかけて

冷蔵庫に入れておこうという

大変、悪意ある意地悪な仕返しを計画したのである。



仕返し計画には8人が加わっていた。

私は、全くの部外者だったにも関わらず

おもしろがって、チョコレートケーキの組み立てを担当し

食べるな!ラベルを作って

かわいらしいデコレーションをしたのも私だった。



次の日、案の定チョコレートケーキは

半分ほどなくなっていたが

決定的な証拠を押さえることはできなかった。



そしてそれは、その2日後の事であった…。



つづく。



IMAG1054

注:写真と記事は関係ありません。



2015年3月10日火曜日

マンハッタンのコヨーテ。





ちょっと前の話になるが…



今年の1月に

マンハッタンの北西にある公園の

バスケットボールのコートで

コヨーテが1匹捕まった



捕獲されたコヨーテ嬢は

ブロンクスの森に連れて行って

放されたそうである。



そのあたりは、街ではあるものの

コヨーテの生息地と言われているブロンクスの森や

そこから、マンハッタンの北の端の森に出て

緑地帯を伝って来ようと思えば来れる場所だったので

ひどく驚きはしなかった。



しかし、その2週間後。

我が家から歩いて10分ちょっと場所で

また、コヨーテが見つかり

ブロンクスの森に連れて行かれた。



この近辺は、

セントラルパークが近いわけでもなく

森があるわけでもない。

正真正銘の街のど真ん中を、

コヨーテが、うろうろしていたんである。



この街のど真ん中に

北からくだってくるには、

かなり人目につくような場所を

歩いてこなければならない。

それとも…



Screen Shot 2015-03-09 at 7.40.32 PM



その昔のオレゴン州のポートランドの事件ように

電車に乗ってきたのだろうか…?



ニュースによると

シカゴの街中でもコヨーテが増えているそうだ。

ゴミや、アライグマ、ネズミや、鳩、リス等

都会では、食べ物には困らない上

ハンターがいないので、天敵がいないというのが

原因だそうである。
















2014年7月2日水曜日

国税局の思ひ出 その4




これまでのお話

その1

その2

その3





私が学生時代に住んでいたそのアパートは

たぶん1920年代に建てられた建物で

天井が高くて暖炉があり、

日当りも風通しもよい、居心地のよいアパートだった。



アパートの居心地は良かったけれど、

建物の手入れの状態はあまりよくなく

しょっちゅう、色々な問題が起こり

大家とのトラブルは日常茶飯事だった。



私は、不動産屋をやっている友人がいたので

色々と入れ知恵してもらっていたこともあり

問題がある度に、かなり強気に大家と交渉し

決して、泣き寝入りはしなかった。



大家は、別の場所に住んでいて

家賃は小切手を郵送していたし

日常的に会うのは管理人さんであったので

大家さんそのものに普段会う機会というのは全くなかったのだが

その強気の交渉の時に、私は大家のオフィスを訪ね

顔を見ていた。



私が保管していた、アパート関係の書類には

そんな交渉の記録もすべて入っていた。



FBIのF氏は、私の持っていった書類に目を通し

私に、1枚の写真を見せた。

その写真には、私が見たことのある大家の顔が写っていた。



これが、LP氏。

キューバのマフィアだ。

F氏は言った。



知らぬが仏とはよく言ったもので

私は、マフィアとは知らずに

果敢にも、大家にガンガンに文句を言っていたのだった。



ご多分にもれず、LP氏は

法の網目をかいくぐるのがうまいらしく

どうしても、大きな犯罪の尻尾をつかめない。

そこで、マフィア逮捕の常套手段である

脱税容疑で逮捕しようしているのであった。



私に白羽の矢が当たったのは

私が、運転免許やら、学生証等を

そこの住所で作っており、

その記録があるにも関わらず

監査時に押収したアパートの賃貸リストには

私の名前が見当たらなかったかららしい。



ニューヨークには、

端的に言えば、

「かなり昔から住んでいる人々の家賃を勝手に上げてはいけない」

という特別な法律がある。

この法律のために

新しい住民が30万円の家賃を払っている隣の部屋で

昔からの住民は8万円の家賃を払っているというような

そういう現象がおこる。



その大家は、昔から住んでいた人々が

そのまま住み続けているように見せかけて

新しい住民から取った家賃の差額を

自分のポケットに納めていたらしい。



その、脱税対象になった住民は何人もいたのだが

大家に実際に会ったことのある人物、

そして、その記録を全部残していた人物は

私以外にはいなかった。



「裁判で証言してもらう事になるかもしれない。」



と、FBIの捜査官は言った。



マフィアの裁判なんかで証言したら

逆恨みに何をされるかわかったもんじゃない。

そんなのは、まっぴらごめんである。




つづく


IMAG0779.jpg

ただいま、庭のラズベリー、食べ放題中。


2014年7月1日火曜日

国税局の思ひ出 その3





これまでのお話

その1

その2




D氏は、私が契約書やら支払済小切手やらを

保管しているかどうかを聞いた。

そのアパートに住んでいたのはずいぶん前のことだったけれど

そのアパートに関する書類は

全部、同じフォルダーに突っ込んだまま

ファイルキャビネットに入れてあるはずだった。



私がうなずくと、

FBIの捜査官も交えて話を聞きたいので

次の週に連邦ビルの中にある

国税局に出頭して欲しい。

と言った。



国税局の事務所で会うということは

つまり、D氏は本物の

国税局の捜査官だということである。



それにしても

FBIとは大げさなこってある。



次の週、約束の時間の20分前に

連邦ビルに出頭した。



1階で、セキュリティーチェックを受け

指定された階まであがり

エレベーターが開くと

ずいぶん早く着いてしまったというのに

D氏が、目の前に立っていた。



セキュリティチェックを受けた時に

行く部署を申告したわけではないので

D氏は、セキュリティカメラかなにかで

私が来るのを見張っていたに違いない。



スターバックスには何人もの人物が出入りしていたのに

オットの顔が一発でわかったのも

私の顔を知っていたのも

全部、何らかの方法で調べていたに違いない。



自分の犯した犯罪ではないとしても

自分の一挙手一投足が見張られているというのは

何とも気味の悪いことだった。



D氏は、FBIの捜査官だというF氏を紹介し

小さな取調室のようなところに私を連れて行った。

F氏もこれまた絵に描いたようなFBIの捜査官だった。



取調室は、机と椅子がおいてあるだけだった。

人物といい、取調室といい

なんだか、本当にテレビで見るものにそっくりだったので、私は

「人の格好も、場所も、テレビか映画みたいですねー。」

と、ものすごく余計な事をブツブツいいながら、

中に入って、勧められた椅子に座った。



もちろん私は、少しは緊張はしていたけれど

相手が、本物の国税局の人であることや

自分に関する捜査ではないことで安心して

いつもの自分に戻っていたのである。



私は思い切りニコニコしながら

「エレベーターの前で待っていらっしゃったりするし

 オットが来る事も知っていらっしゃったし

 私の電話、盗聴してました?」

と、かなーり余計な事を聞いてみた。



D氏は、にこやかに笑って

「義務を果たしているだけですよ。」

と、言い、それ以上のことは言わなかった。



D氏は、取調室の近所にいた女性に

コーヒーを持って来てくれないかと頼んだが

その女性はとても忙しかったのでツレなくされ

しょうがないので、自分でいそいそとコーヒーを入れて

「僕は、ここでは権力ないんだよねー。」なんて言いながら

私と、FBIのF氏に持って来た。

そんな様子も、どっかのテレビ番組の

しょぼくれた刑事さんのようだった。



D氏は、コーヒーをおきながら

その前の日に話題になっていたニュースについて話し始め、

私と、F氏と、D氏は、しばらく雑談をしてから

やっと本題に入った。



「あのアパートの大家を逮捕する予定なんだけれどね。」



つづく



IMAG0783.jpg

今年のアジサイの図。